インド旅行の途中ですが、ちょっと中断してお盆休みのお話です
お盆休みで帰省した従弟一家と1泊2日でお隣の県へ行きました
まずは涼しい所へと天然記念物の秋芳洞(あきよしどう)へ
高さ20m、幅8mの入口から入ります
秋芳洞は総延長8700mの鍾乳洞で見学できるのは1000mです
長淵という幅15m、長さ100mの地下川の横を通ります
洞窟の幅40m、天井の高さは15mだそうです
石灰華段丘で出来た「百枚皿」
直径約5mの巨大な石柱「河内富士」
「縮緬岩」
「千町田」
「千町田」から見た「傘づくし」
たくさんの鍾乳石がぶら下がっている「傘づくし」
鍾乳石と石筍が繋がってできた「大黒柱」
「岩屋観音」
「蘇鉄岩」
高さ約15mの巨大な石灰華柱「黄金柱」
ここで本洞700mは終わり、黒谷支洞に入ります
「巌窟王」
上の鍾乳石からの雫が作り出した石筍で10万年以上かかって今の姿になったそうです
「くらげの滝のぼり」
「龍の抜け穴」
高さ60mの巨大な空間
上から降りてきた鍾乳石と下から上っている石筍がくっつきそうになっています
くっつくまであとどれくらいかかるのでしょう?
「マリア観音」
ここで黒谷支洞は終わりです
この先から出ることが出来ますが元来た道を入口まで戻りました
お昼ご飯はごほうを練りこんだうどん「ごぼう麺」(下)と「ざるごぼう」(上)をいただきました
食後、展望台からカルスト台地の秋吉台を眺め
萩へ向かいました
この日の宿泊は「萩本陣」
お部屋は古いですが温泉施設が充実しているとのことで選びました
のんびり温泉を楽しむ母たちを置いて17時過ぎても入場できる所へ観光に出かけました
まずは「松陰神社」内にある「松下村塾」
江戸時代末期に長州藩士の吉田松陰が講義した私塾です
松陰の叔父玉木文之進が1842年に設立したもので松陰もここで学んだそうです
講義室
塾生は約50名ほどいて、著名な門下生には久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山形有朋、品川弥二郎など
尊王攘夷をかかげて京都で活動した人や明治維新で新政府に関わった人など多くの偉人を輩出したそうです
同じ敷地内には松陰の実家杉家の旧宅もあります
写真は邸内にある松陰が幽囚された3畳半の部屋
明治40年創建の「松陰神社」にお参りしました
次は初代総理大臣「伊藤博文旧宅」へ
木造茅葺平屋建て約29坪の家です 閉館していて中を見ることはできませんでした
隣にある「伊藤博文別邸」
明治40年、伊藤博文が品川区に建てた広大な別邸の一部を移築したものだそうです
その後吉田松陰誕生の地団子岩へ
吉田松陰と弟子の金子重輔が下田沖のペリー艦隊を見つめる姿の銅像があります
銅像の近くから見た萩市内
最後に訪れたのは吉田家の墓所
松陰のお墓は百日忌に建てられたもので遺髪を埋めているそうです
夕食は旅館の個室で頂きました
こちらは子供用の食事(デザートはケーキとフルーツでした)
こちらは大人用(前菜6品、お刺身、フグのたたき)
鮑、海老、烏賊の海鮮焼き(左上) 見島牛とホルスタインのブレンド牛「見蘭牛」のしゃぶしゃぶ(右上)
鯛煮おろし(左真ん中) 甘鯛のから揚げ(右真ん中)
山口県産コシヒカリともずくのお澄まし(左下) フルーツ盛り合わせ(右下)